日本語の数詞は高句麗の数詞。及び文化的連結

日本と高句麗の数詞が「一部対応する」ことは日韓両国の学者によって度々指摘されてきた。

李 寧煕の語源新解読

高句麗の数詞は自然発生的に生じたというより、支配者層によって意図的に巧みに創案された節がうかがえる。国民を効率的に支配するためには、まず数を教える必要があった。下記の表は、李 寧煕の解読表です。

数詞に秘められた高句麗の野望

「一」から「十」までの数詞から生じる語音を全部つなぐと一つの文章になる。高句麗人は日に日に数を数えながら、ひたすら領土拡張を念願していた。そして、その大望はかなってのである。高句麗が大国になり得たのは決して偶然でない。

朝鮮半島からの文化的連結性

高句麗語の数詞が日本語と一致するのを見ると、高句麗沸流百済(応神亡命)ー畿内朝(天武亡命?)の文化的連結性を確認することができる。